INTERVIEW
スポーツと日常ケアに寄り添う人
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医療、福祉
藤接骨院

増田 雄太さん

Iターン
20代
静岡県榛原郡吉田町
= Profile =
1995年静岡県吉田町生まれ。帝京大学医療技術学部出身。小学校から水泳をはじめ、幼少期からスポーツ関係の仕事に就くことを夢みる。進学した高校に水泳部がなかったことから陸上部に入部したことをきっかけに、アスレチックトレーナーに憧れ、帝京大へ進学。陸上部でトレーナーを務めているうちに、身体の慢性的な不調や痛みを治すことに興味を抱く。2017年、藤接骨院に入社。

アスリートからケアする側へ

 僕はいま、藤接骨院 焼津小川院で働いていますが、出身は吉田町で大学も東京に進学しました。「身の回りのことをすべて自分でやってみたい」と、大学進学の時は県内で暮らすことは全く考えていませんでした。

 高校の陸上部の先輩が帝京大で、自分もスポーツに関連した仕事に就きたいと思っていたので、アスレチックトレーナーの資格が取れる帝京大に進学しました。いま、働いている院は、柔道整復師や鍼灸師のような治療系がメインですが、アスレチックトレーナーはスポーツ選手を対象としたケガの予防やトレーニング・栄養の指導を行います。

 そこから治療系への気持ちの変化があったのは大学2年の後期です。陸上部でトレーナーをしていたんですが、肉離れや捻挫などと違い、慢性的な腰痛や肩こりは治療に時間がかかる上に一般の方に多い疾患です。「一般の方を診れるようになりたい」、徐々にその思いが強くなっていきました。なかでも藤接骨院は高校時代に部活でケガをしたときに通っていたんです。自分自身が助けられたことが印象に残っていて、入社を決めました。

患者さん一人一人に寄り添った提案

 いま、配属されいている焼津小川院には院長を含めて4人の施術者がいます。入社してから1ヶ月間は接客や技術の研修を行いますが、マニュアル通りにはいかないことは多々あります。怪我や慢性的な痛みに悩む人、骨盤矯正、猫背矯正をしたい人が訪れますが、筋肉の硬さや骨盤の開き方などは人によって違うんです。

 初めて対応した患者さんは骨盤矯正に訪れた30代の女性です。緊張しました(笑)。それに、はじめは「代金をいただいて治療する」ということに抵抗があったんです。でも、単に提供する技術の対価ではなく、患者さん一人一人の「よくなりたい」という気持ちに耳を傾けて、そこにあった「提案」をしていくことが大事なんだ、と思うようになってから気持ちよく仕事ができています。

 勤務時間は診療時間に合わせて、8時〜20時(12時〜15時は昼休憩)です。職場にいる時間は長いですが、藤接骨院は患者さんとも、先輩・後輩同士も和気あいあいとしているので居心地がいいです。お昼休憩もカルテを共有したり、施術の練習をしたり、同期や先輩と過ごす時間が多いですね。

将来は自分で院を経営したい

 大学時代は、東京の八王子市に住んでいました。学生街で過ごしやすい街でした。基本的には電車でどこへでも行けますし、東京も僕にとっては住みやすいところでした。それでも戻ってきたのは、就職を考えたときに「藤接骨院」が頭に浮かんだからです。就職活動ではここしか受けませんでしたから。

 焼津小川院に配属されるまで焼津に来ることは食事くらいでしかありませんでしたが、焼津に幼馴染が暮らしているので、休日はよく遊びに行ったりしますね。あとは、海上花火を初めて見たときは、きれいだなと思いました。地元の吉田町の花火大会はよく行っていたんですが、吉田町の花火大会と違って、花火を打ち上げる港自体が開けているので、見やすくて迫力もあります。

 将来の夢は独立して、自分の院をつくることです。治すことももちろん好きですが、大学3年の頃から経営にも興味をもつようになったんです。なので、休日はカフェで本を読むようにしています。最近読んでいる本は心理学系です。今にも将来にも活きる勉強をしながら、ステップアップしていきたいですね。

増田 雄太さんがオススメする焼津のイイトコ

「海上花火」
毎年8月に焼津港で行われる海上花火。1時間で約5000発の花火が打ち上げられ、2尺玉・スターマインなど現代花火師の技を堪能できます。「防波堤で打ち上げられるので、とても見やすい」と増田さん。また行きたい、焼津のお気に入りスポットなのだそうです。
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