INTERVIEW
焼津の水産加工業を支える技術者
製造業
株式会社ナカガワFMT

岡田 聡さん

Uターン
30代
静岡県静岡市
= Profile =
1980年生まれ。福岡県で生まれ育ち、親の転勤で4歳のときに静岡県静岡市へ。「都会に行きたい」という思いから工業高校を卒業後、大日本印刷株式会社へ入社。多様なメーカーの工場勤務を経て、静岡県焼津市にある株式会社ナカガワFMTへ入社。休日はソフトバレーを楽しみながら、主に水産加工品の機械設計を行っている。

仕事内容よりも生活の充実

 最初に就職したのは19歳の時でした。高校卒業後に働き始めるというと、静岡の人は大半が県内を選ぶらしいんですが、自分自身は「都会に出たい」という気持ちが強かったです。まず寮があって、給料がよくて、東京近辺に職場がある。この3つしか考えていませんでした。

 会社の規模や仕事内容も高校生のうちは分からなかったので、進路希望調査票には日本を代表する印刷会社、大日本印刷・凸版印刷・共同印刷を書きました。そうしたら第一志望の大日本印刷が通ってしまって。先生も親も驚いていました。でも、3年経った頃に勤めていた埼玉の工場が封鎖されることになって、広島への転勤を余儀なくされたんです。「都会で働きたい」という気持ちで選んだ仕事だったので、転職を決意しました。

 その後は、埼玉のカーナビ部品工場やエンジニアの派遣会社など、いろんな職場を経験しました。出向先のメーカーから引き抜きの声がかかった時は、結婚するタイミングでもあったので話を受けましたね。職業よりも、結婚や給料など、生活をどう成り立たせるかが自分にとっては重要でした。
 そんな自分が静岡に戻ってきたきっかけは、大きな声では言えませんが家庭の事情ってやつです。

機械技術で日本の食文化に貢献する

 ナカガワFMTを知ったのは、親父の紹介でした。静岡に戻ってきたときは両親が焼津に引っ越していて、それまで何も知らなかった焼津での生活がスタートしました。入社したのは30歳の時で、はじめは製造部で現場を経験し、その後、設計部に異動しました。ものづくりには興味がありましたし、溶接の機械など工業高校の実習で学んだこととも近く、入りやすかったです。

 ナカガワFMTは、主に水産加工品の機械をつくっていますが、蒸すための機械や冷却するための機械など、お客様の要望にあわせて寸法も機能もさまざまです。量産もできませんし、現場経験が3年しかない自分は、先輩ほど機械を知らない。難しさはありますが、一度、図面におこすことができれば、寸法が違っても構造的な部分がわかるようになります。それが経験になっていくんだと思いますね。

 うちの会社のもともとのお客様はかまぼこ屋さんが多いです。でも、食文化の変化、食品形態の多様化が劇的に進んでいる今は会社にとっても大事な時期。昔からのお客さんに育ててもらった会社なので、そこに貢献できるような経験と技術を蓄積するために、今からいろんなことにチャレンジしていけたらと思います。

アフターセブンはソフトバレー

 焼津での生活は7年目ですけど、高校時代はバレーボールをしていたので、練習試合で何度か焼津の高校に来たことがあります。第一印象は正直、「魚のにおいがする」でしたね。それに、静岡に戻ってきたころは、焼津のハローワークで静岡や焼津の求人を探していましたが、求めていた給料を探すのは難しかったです。でも、家賃は焼津の方が安いですし、満員電車に乗らなくていい。そして何より雪が降らない。7年経つ今は、「住めば都だな」と感じますね。

 休日や仕事終わりには、ソフトバレーをしています。焼津で暮らしている30代~40代の人たちとチームを作って、週3~4回練習しています。焼津って、自治会対抗のスポーツ大会があるんですよね。親父がよく出ているんですけど、ちょうど親父と兄貴と俺で飲みに行ったときに、親父の知り合いがソフトバレーをやっていて。「よかったら練習きなよ」と言われたことがきっかけです。

 初めての土地で、人とのつながりをつくるのは難しいんですが、これまでいろんな職場で、いろんな人たちと関わってきたので、コミュニケーション能力は磨かれたかなと感じます。同時に、なじみやすい空気をつくってくれる静岡、焼津の人柄のおかげかなと思いますね。

岡田 聡さんがオススメする焼津のイイトコ

「馬鹿馬」
「名前のとおり、めっちゃうまい」と岡田さんイチ押しのお店はJR焼津駅南口から徒歩5分の「馬鹿馬」。「静岡県内で比べても、焼津の刺身は本当においしい」と太鼓判を押してくれました。営業時間は19:00~翌2:00(定休日・日曜日)