INTERVIEW
老舗であり、焼津の最先端をいく旅館
宿泊業、飲食サービス業
湊のやど 汀家
代表

清水 健太郎さん

Uターン
30代
静岡県焼津市
= Profile =
1984年生まれ。焼津市出身。現在焼津市内在住。ヒルトン東京とリクルートでの勤務を経て、2015年4月に実家である温泉旅館「湊のやど 汀家」を継ぐ。伊東市の観光PR事業や映画上映会&トークショーなどのイベント運営の経験を活かして、公私関係なく「楽しい仕掛けづくり」を積極的に行っている。

家業を継ぐことにはずっと抵抗があった

 私の実家は焼津にある温泉旅館「湊のやど 汀家」です。その歴史は嘉永4年までさかのぼり、老舗でありながら焼津で初めての露天風呂をつくるなど、懐かしさと新しさを兼ね備えた旅館です。潮の香り漂う焼津港にほど近い海辺にあって、一歩足を踏み入れると日常から少し離れた素敵な空間が広がります。
 ですが、私は生まれたときから実家の旅館を継ぐことが運命づけられ、幼少期からずっと旅館を継ぐことに抵抗を持ち続けていました。大学で上京を目指すも、大学受験に失敗し、地元の大学に進学。しばらくは学歴と東京へのコンプレックスで、苦境に立たされていましたね。
 転機が訪れたのは21歳、大学3年生の頃でした。恩師と呼べる先生と出会い、人生が激変しました。自分で学生サークルを立ち上げたり、友だちや後輩のサークルを手伝ったりと、1、2年生の学生生活とは一変した生活を送るようになったんです。
 大学4年生の夏には、静岡県の学生サークルのリーダーたちを30名ほど集めて、2泊3日の研修合宿を開催しました。今までに感じたことのない達成感と自信を得られて、徐々に学歴コンプレックスが薄れていったように感じます。実家を継ぐ覚悟が生まれたのもこの頃でした。

「焼津の旅館といえば汀家」を支える東京での経験

 大学卒業後、修行のためヒルトン東京に入社しました。ただ、憧れの東京でサービススキルの基本を身につける機会とはなったものの、しっくりこない感覚があったんです。
 結局、ヒルトンを1年ほどで退社し、偶然受けたリクルートに入社。その後、社会人6年目のときに、家業の業界に最も近い『じゃらん』に異動しました。しかも、丸の内の一等地にある本社勤務になり、「人気企業」「都心勤務」「都心住まい」の憧れの三拍子が揃いました。しっくりこない感覚は消えませんでした。
 社会人になってから最も手ごたえを得たのは、仕事で伊豆の伊東市の旅館担当になったときです。そこでは伊東の旅館の方々から旅館経営の薫陶を受けるほか、プライベートで静岡で映画の上映会&トークショーを開催しました。映画監督の想田和弘さん、映画評論が人気のラッパーの宇多丸さん、都知事選にも出馬した家入一真さんをゲストにお呼びし、大盛況でしたね。
 並行して行っていた伊東市の観光PR事業でも、宇多丸さん所属のヒップホップグループ、ライムスターのPV監督とDJの方に伊東市のPVを作製してもらいました。尊敬している宇多丸さんやライムスターの方々とお仕事ができたことは、公私ともに大きな達成感を感じる瞬間でしたね。

焼津におもてなし心溢れる「仕掛け」をつくる

 旅館業はコンビニと同じで、基本的には365日24時間営業。経営者である僕の場合、丸一日休みを取る日は月に一回あるかないかくらいの頻度です。ですから、出勤前と仕事が終わったあとをいかに過ごすかが僕にとって大切になってきます。
 僕が特に大切にしているのは、早朝のランニングです。東京から焼津に帰ってきてから本格的にランニングをスタートさせて、今では毎月必ず100キロ以上走っています。走っているのは焼津港の海沿い。道路を走るのと違って信号もないですし、道も平坦なので、初心者にも走りやすいですし、何より海の匂いを感じながら走るのが最高に気持ちいいんです。しかも、秋から冬にかけて富士山が綺麗に見えます。こんな贅沢な景観で気持ちよく走れる環境があるのは、焼津市民の特権ですね。すでにランニングをされている方も、これからランニングを始める方にも、焼津港でのランニングは本当におすすめです!
 焼津の旅館を継いでから、まずは汀家をしっかりと儲かる会社にすることが当面の目標ですが、こうした焼津ならではの魅力・観光資源を自分自身も体感しながら、自分たちが楽しいと思える仕掛けをどんどんつくっていきたいですね。

清水 健太郎さんがオススメする焼津のイイトコ

「馬鹿馬」
元漁師の店長が目利きした旬のお刺身を食べられる居酒屋。「お刺身をはじめとしたお魚料理だけでなく、ちょっとコワモテだけどおしゃべり上手の大将が焼き上げる串焼きや、スポーツとアニメが大好きな大将の後輩が作る揚げ物など、出てくるお料理全てが居酒屋として一級品!」と清水さんも太鼓判を押す、まさに「バカウマ」なお店です。